Archive for the '国際結婚' Category

The Japan Times for Women: 世界を見つめる女性の生き方

01/26/12

去年の11月ごろにお話をいただいて執筆した「国際結婚」に関する記事が、こちらのThe Japan Times for Women: 世界を見つめる女性の生き方 に掲載されました。日本では1月27日に全国の書店で発売になる予定です。

このムック本(大型本)は、海外経験や優れた語学力をもつキャリア志向の女性を読者に想定し、「世界を舞台に輝きたい新世代大和撫子のための知的向上キャリアマガジン」というコンセプトで作られました。

本の目次は下記のようになっています。

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【目次】

巻頭特集: Global Beautyインタビュー
・知花くらら(モデル・タレント)
・佐々木かをり(株式会社イー・ウーマン代表取締役社長)

特集1: 「グローバル・ウーマン」をリアルレポート!
海外や国内外資系企業で活躍している8名の女性をレポート。仕事内容や人生の転機、海外での経験などを熱く語る。

特集2: 大使公邸へ、ようこそ
憧れの大使夫人が公邸内を誌上案内。日常の公務ってどんな内容なの?女子力をアップする方法って何?など貴重な話題が満載。「お国料理レシピ」「おもてなしマナー」なども掲載。【紹介国】フィリピン、モロッコ、スウェーデン、コロンビア

海外で暮らすという選択
海外で暮らすためにはどんな準備と心構えが必要なの?国際恋愛・国際結婚カップルがホンネを語る。

みんなどうしてる? 語学力キープ
「せっかく留学したのに帰国したら語学力が落ちてしまいそう」。語学力キープのためのテクニックを紹介。監修:関谷英里子(通訳者)

資格試験スケジュール・申込締切一覧
語学系試験を中心に便利に使える見開き年間カレンダーを掲載。

社会人からの留学プランニング
「キャリアアップ」から「有給休暇などを利用した習いごと系ミニ留学」まで目的別に紹介。

Smart & CoolなE-mail術
『働く女性の英語術』著者、光藤京子氏による英文ビジネスメール講座。

海外メディアから見た日本
世界の中で日本はどう見られているの?「東日本大震災」「なでしこジャパン」「首相の変遷」について解説。

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「海外経験」「語学力」「キャリア志向」というキーワードに代表されるような女性は、国際結婚をする可能性も高いと思われます。国際結婚の実際のところは?ということを限られた紙面にまとめるのに苦労しましたが、編集を担当してくださった方とのコミュニケーションもスムーズにいき、楽しくお仕事をすることができました。書店でみかけましたら、ぜひお手にとってご覧ください。


夫婦、この不思議な関係

12/30/11
曽野綾子の「夫婦、この不思議な関係」を読みました。国際結婚成功コンサルタントとしてカップルのご相談を受ける私にとって、結婚そして夫婦についての著者の視点は大変興味深いものがありました。1931年生まれの著者が結婚した当時と現在の状況はだいぶ変わっているものの、「結婚とは」「夫婦とは」ということについて示唆に富むエッセー集ではないかと感じます。
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特に私自身の結婚生活を考えたとき「これは共通するものがある」と思ったのは、曽野綾子が表現するところの夫の「冷たさ」についてです。再三「夫は冷たい」という表現で描かれている夫の特性というのは、「彼は私に何ら『変われ』という期待をしていない」ということでした。妻に「もっと~だったらいいのに」とか「~をしてくれないと困る」というような期待を一切しないということ。私の夫もこの点は非常に似ています。よく言えば自立しており他人に自分を幸せにしてもらおうとは考えていない。でもこの「個人主義」は、裏を返せば自分が変わることで相手が幸せになるとは信じていないとも言えるのでしょうか。曽野綾子の父親は、彼女の母親に対して「変われ」という期待があったために、母親にとっては気の休まらない結婚生活が長らく続いたとのことでした(後年、彼女の両親は離婚を選択)。この両親の結婚生活について、曽野綾子は「父親は心が温かかったからこそ母親を躾けたいと思っていたようだ」という表現をしています。「心が温かいからこそ他人に期待をしてしまう」というのも一理あるのかとも思いますが、そもそもは赤の他人であるパートナーと共同生活を送るのであれば、心が温かろうが冷たかろうが、常に自分に対して「変われ、今のままのあなたではいけない」というメッセージを受け取り続けるよりは、そのままの自分を受け入れてくれる人のほうが穏やかな気持ちで毎日を楽しく過ごせるだろう・・・・と感じます。
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もちろん細かいことを言えば不平不満がまったくない夫婦関係なんていうものは存在しないのではと思いますが、結婚するまでの間に長い時間をかけて大人になってきている人間同士、根本の部分では「そのままを認め合う」ということがなければ、やはり楽しい毎日を送ることは難しくなるでしょう。自分がどの道を選択するにしても、結婚について思うところのある人は何らかのヒントを得られる本ではないでしょうか。

ハッピーでないことを伝えるべきか?

10/25/11

前回の記事に書いた「50/50」という映画で、癌の宣告を受けた主人公のガールフレンドが最初のうちは一生懸命彼の世話をしていたのに、あるとき浮気をしていることが発覚してしまう・・・という場面がありました。彼女はもう彼と一緒にいるのはつらすぎるから別れようという会話をする勇気がなくて、浮気という行動に出たのですが、このことについて夫に「彼女は浮気する前に彼に正直な気持ちを話すべきだったのでは?」と言ったことから、浮気をしていたら正直に言ってほしいか?という議論になりました。

例えば自分が死の床にあった場合、パートナーが昔浮気をした(あるいは現在している)という話を打ち明けてほしいだろうか?という夫からの問いかけに、まあ、明日死んでしまうなら知らないまま幸せな記憶を持って旅立ったほうがいいかもしれないな・・・とは思いました。ただ、逆に「自分が浮気という行動に走るほどその関係に問題があると思っていたら、知りたいとは思わないのか」と聞いてみたら、それは確かに、言ってほしいと思う、とも。

先日も「浮気と、相手の携帯電話を内緒で覗き見することはどちらが罪が重いか」というテーマの記事を書きましたが、どちらにも共通するのは「(始めのうちは)パートナーに隠れてその行動をとる」という点です。どちらの場合も自分の気持ちを打ち明けたり、相手に直接問いかけたりすることを避けています。それにはさまざまな理由があるでしょう。よく男性側からは「自分の気持ちを打ち明けると彼女が感情的になり取り乱す」という声を聞くこともあり、聞かされる方(この場合は女性側)の取り乱したくなる気持ちも理解できるのですが、それでも、パートナーには、その関係についてどう思っているのか打ち明けてほしいものではないか・・・と私は感じます。多くのカップルは結婚に何を期待しているのか、結婚をどんなものだととらえているかということについて特に話すことなく、後になって認識のズレに驚いているという状況があります。結婚前や結婚直後の、まだ「何でも話せるような関係」でいるうちに、その関係にもし不満をもっていたら、お互いにどうしてほしいかということについても話題にできるといいのではないでしょうか。そこまであらかじめ話しておくことは難しくても、「話の最中に、相手が(あるいはお互いに)感情的になる」という経験をしながらもコミュニケーションをあきらめず、たとえば時間をおいたり、別のアプローチをしたりという試行錯誤を繰り返してでも、やはりそれでもなんとか理解する努力をしたいと思える相手かどうか・・・結婚前の交際とはその見極めのためにあるのではないかと感じます。

キンダー入学を1年遅らせることの意味

09/28/11

アメリカの義務教育は、日本でいう小学1年生の前の「キンダー」という1年間から始まります。このキンダー入学を、子どもの誕生月によっては1年遅らせるという選択をすることができます。例えば、私の次男は11月末生まれなので、来年9月からキンダー入学もできますし、もう1年遅らせることも可能です(このあたりのカットオフの日は住んでいる地区すなわち管轄の教育委員会によって違うこともあります)。まだ1年先の話ですが、最近このことについて考え始めました。

私のもうひとつのブログ「成功する国際結婚の秘訣!「国際結婚一年生」著者:塚越悦子公式ブログ」では何度かこの件について書いています。「キンダー入学を遅らせる理由」「アイスホッケー選手に1月生まれが多い理由」などの記事でも紹介していますが、キンダー入学を遅らせようと考える親には、もちろんそれなりの理由があります。特に、能力がありそうと見るや、より深い学びができる環境を与えようとするアメリカのようなところでは、入学した時点でクラスメートたちの中で一番年が上であることは、一見、子どもに有利な状況を与えているかのように思えます。実際スポーツの世界ではこれは大いにあてはまる仮定なのでしょう。

つい先日、友人がFacebookで紹介していたこちらの記事を読んでみたら、この「遅らせることの利点」に反論する意見が書かれていました。“Delay Kindergarten at Your Child’s Peril”と題されたこの記事では、1年遅らせることが必ずしもよい結果をもたらさないということが述べられています。ほかの子どもよりも少し年上なためにあるように見えるアドバンテージは、小学校が終わるころにはなくなっていき、高校ではこれらの子どもたちは「モチベーションも低く、成績もよくない」傾向にあるのだとか。この傾向について記事の中では詳細に説明されていませんが、想像すると「小学校低学年のうちに、努力しなくてもほかの子より成績がよく、あるいはなんとかなってしまうという状況を経験してきたために、勉強の仕方を知らない(習慣がついていない)」などの理由になるのでしょうか。

1年入学を遅らせた子どもたちが世に出るころには、特に成績の面でも収入の面でも優位ということはなく、しかも社会に出るのが1年遅れるために、生涯に働ける年数(および収入)も1年分少なくなるとも指摘されています。つまり、スポーツの世界に見られるような「1年遅らせることの優位点」が、学業という世界ではそれほど見出せない、と結論付けられています。

また後半部分では年上の子どもがいるグループにいる(入学を遅らせない)ことのよい点として、「より成熟度が高い子どもと一緒にいることで、特に男の子は精神的にも成長できる」とも指摘されています。例えば、3歳から5歳の子どもで上に兄弟がいたら(かつ下に兄弟がいなければ)、兄弟ひとりにつき、半年程度の成長の促進が起こる傾向があるのだとか。我が家の子どもたちを見ていても、確かに次男は長男が日本語の宿題(ひらがなの読み書き)をしていると、横で一緒にやりたがり、まだひらがなをすべて認識していないながらも、鉛筆を持って一緒に文字を書こうとしています。モンテソーリ式の教育でも複数の学年にまたがった学びの状況を与えており、「XX歳だから~をしないと」というのは必ずしもあてはまらないという考え方をとっています。こちらの記事では「学びというのは社会的な状況で起こるもの。自分の現在の能力を少しだけ超えたチャレンジのある状況で、人は一番学べる。自分がクラスで一番物知りという状況があった場合、得をするのは本人ではなくクラスメートである」と結ばれています。カレンダーどおりに次男を来年キンダーに入学させるべきかどうか、少しまた考える材料ができました。

日本語はいきのびるか

06/28/11

先日の記事でご紹介した「日本語が亡びるとき」の最終章で、著者の水村美苗は、学校教育で目指すべきところは「国民全員がバイリンガルになること」ではなく「国民の一部がバイリンガルになること」であると主張しています。「国民総バイリンガル社会」を追い求めることにより日本の言語状況はより悪くなるだけで、いいことはひとつもない、なぜなら、目指すべきなのは国民全員が「外国人に道を訊かれて英語で答えられる」程度の英語力があることではなく、「世界に向かって、一人の日本人として、英語で意味のある発言ができる人材」だから・・・と言うことです。

著者はさらに「教育とは最終的には時間とエネルギーの配分でしかない」「英語教育に時間とエネルギーをかければかけるほど、何かをおろそかにせねばならない」と主張し、国民全員が「英語が話せなければ」という強迫観念をもつことにより、日本語教育がおろそかになる(既になっている)という現状について危機感を募らせています。

アメリカ人の夫と国際結婚をし、現在のところアメリカで二人の息子に日本語と英語のバイリンガル教育を試みる立場の私にとって、この「英語か日本語か」という問題は、日本在住の日本人が考えるのとはまた異なる重みがあります。また、帰国子女でなく20代前半から本格的に英語を話し始めた私は「英語は決してやさしくはないけれども、大人になってからでも学ぶことできる言語」という認識をもっています。英語との比較において、やはり日本語は完璧にマスターするのはとても難しい言語ですし、敬語を含めた日本語が使いこなせることは日本文化を理解していることでもあります。この本と同時並行的に「日本語は生き延びるか」という本も読みましたが、やはり「日本人であることに自信がない人は外国語できちんと自己主張ができない」そして「語るべき内容がない人は日本語でもまともな話ができない」という一節が心に残りました。

現時点では子どもたちの母国語は英語になりつつあります。国際結婚の家庭において、両方の言語を同じ時期に同じくらい発達させるというのはバイリンガル教育の理想的な姿なのかもしれませんが、実際にやってみると、それほど簡単なことではありません。現時点では「やはり軸になる言葉は必要なのではないか?」と私は考えています。外国語の力は母国語の力を超えることはないのだとしたら、思考や発話において常に使用される、圧倒的に得意な言葉があることは自信につながりますし、そこから第2の言葉を学ぶ下地にもなるでしょう。ある程度大人になってから英語話者になった私は人様から英語を褒めていただくこともあるのですが、小学校から高校を卒業するまで一番の得意科目は現代文、古文、漢文、すべてを含めた国語一般だったことも考えると、言葉や言語そのものへの興味が基礎にあったことは確かなようです。また、日常会話レベルをマスターするためならともかく、語彙を増やしたり、書く力をつけたりするためには、その言語で読むことは必須なのですが、そもそも日本語で本を読むのが好きでなかったら、私にとって外国語である英語で何かを読みたいとは思わなかったでしょう。

日本語の危機を訴える2冊の本を読んで改めて感じたことは、子どもたちには可能な限り日本語でも英語でも本をたくさん読ませることが大切だということでした。私も小さいころには親にたくさん絵本を読んでもらったし、自分で本が読めるようになったら、「まだ読んでいない本」が常にまわりにあるような環境を作ってもらったという記憶があります。特に男の子は女の子に比べて脳のつくりから言語発達が遅い傾向があるので、「本がそこらじゅうにある」という環境を作ることはとても大切だそうです。この話を聞いてから、我が家では家の中でも本は一箇所に片付けず家のあちこちに積み上げておいたり、車の中にも本を置いておくようになりました。

5月に日本に行った際、書店でみかけた「日本人の知らない日本語」というコミック本が大変売れていることに、ある種の感銘を受けました。売れているのはコミック本だからという要素もあるでしょうが、内容に興味をもっている人が多いということでもあります。私も読んでみましたが、確かに知らないことがたくさん書かれていて、やはり日本語は奥が深いのだと実感しました。子どもたちが将来、日本語の美しさや貴重さに気がつき、世界の言語の中でも貴重で複雑な日本語を自分たちが操れることにプライドを見出せるようになるよう、そのための刺激を、日本人の親として与え続けていきたいという思いを新たにさせられました。

ハリー・ポッターの著者の言葉

03/28/11
今回の震災で、国籍を問わず世界中の多くの人から「日本の家族は大丈夫ですか」と気遣うメッセージをもらいました。このブログで何度か書いてきたアメリカ人のブロガーで友人のクリス・ギレボーとツイッターでメッセージをやり取りした際に「毎日、日本からのニュースを聞いていると、前向きでいることが難しい時もあるけど、自分の置かれた立場に感謝し、出来ることからやることを頭に置いている」と言ったら、彼からは”Be well, and keep focusing on being you” と返信がありました。

自分でいること=自分らしくあること。こんな状況で、自分らしくって何をすること?これは、私の大好きなハリー・ポッターを書いたJ.K.Rowlingの次の言葉を想起させました。

“You will never truly know yourself, or the strength of your relationships, until both have been tested by adversity” (困難な状況に直面するまでは、自分がどういう人間なのか、そして自分にとって大事な人との絆の固さは本当にはわからないものだ)

前回のブログ記事でも書きましたが、こんなとき「自分はどんな人間なのか?」が見えてきます。また、自分の大切な人との関係も然り。国際結婚をしたカップ ルのためのコミュニケーション・コーチングや、国際結婚を控えた方への準備コーチングを生業としている私のところにも、日々ご相談のメッセージが来ます。 中には、配偶者や日本の家族の間で、日本に留まるべきかどうかの意見が合わず、悩んでいる方も大勢いらっしゃいます。この震災は、すべての人に多くのこと を考えるきっかけを与えました。自分や相手が困難に直面したとき、あるいは家族として決断を迫られる状況のときに、その関係が成り立っている基盤の強さが 試されています。被災地ではない場所にいる私も、自分たちに同じような試練がふりかかったらどうなるだろうか?と考えてみる機会になりました。
J.K.Rowlingは,“Such knowledge is a true gift” と続けています。困難な状況にあっても、そこで得られる自分について、そして自分の大切な人との関係についての知識は贈り物なのだ、と。この体験から少しでも何かを掴み取ることも、今私たちにできることのひとつなのではないでしょうか。

“Test Your Mettle”

03/23/11
震災からもうすぐ2週間がたとうとしています。この間、ここアメリカでも様々な活動が行われてきました。南カリフォルニアに住む友人たちは、震災後一週間で「チャリティ・イベント」を立ち上げ、一日で300人以上の人が詰め掛けてファンドレイジングを行いました。私も行きましたが、主催者と協力者の思いが一体となり、とても良い気を放っていましたし、また素晴らしい成果をあげたようです。そちらの様子は主催者の一人でもある友人によるこちらのブログで読むことができます。
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日本で生活する人は、被災地にあってもそうでなくても、様々な選択を迫られるような状況となっています。直接被災した方々ばかりでなく、そうでない地域にいる人にも様々な影響が出ています。震災直後の数日と違い、被災地の人をどのように助けるべきか、イベントなどを自粛すべきか、首都圏における放射線は危険なのかそうでないのか、避難したほうがよいのかどうか・・・さまざまな意見が交わされています。中には、どこに向けてよいのかわからない悲しみや怒り、将来に対する不安を(誰にでもよいから)ぶつけてくる人もいます。

英語で”Test your mettle”という表現があります。”You are facing a crisis that tests your mettle” (あなたは自分がどんな人間であるかが試されるような危機に直面している) のように使われます。震災以来、この言葉がいろいろな時に頭に浮かびます。周囲の人の言動に腹を立てている人も、不安でいろいろなことが手につかない人も、こんな状況であなたはどんな風に振舞えるか?ということが常に試されているのです。例えば、先日私は「逃げたと言われるかもしれないけど・・」という題のブログ記事を「成功する国際結婚ブログ」に書きました。それに対して反対の意見を述べるコメントがつきました。コメントは承認制なので、誹謗中傷は掲載しないという選択もありますが、口調は丁寧ですし、私は中傷とは受け取りませんでした。実は私はそのコメントを見たとき、その人の「悲しみ」を感じました。詳細は不明なので想像するしかありませんが、おそらく私の書いたことの何かが彼女の心の柔らかい部分に触れたのだと思います。書かれた言葉は「怒り」でしたが、私には彼女が「逃げた人は私(たち)を見捨てていったのだ」と泣いているように感じられました。あなたの言うことは間違っている、怒りを感じる、と言われて、今度は自分が傷つかないように心を閉じることもできるでしょう。でも、その「怒り」という言葉を超えて、やりきれない思いをぶつけるような形で表現している相手の心境になった時、私が考えた、その時点でできる最も愛情に満ちた行為は、説明も反論もせずそのコメントをそのまま載せることでした。

震災後も今までどおりのブログを書くことを表明したら、ものすごい批判がきてブログを閉じようかと思っているところまで追い詰められた人の話を聞きました。ブログという形であっても自分の意見を発信することには常に「自分に賛成しない人がいる」というリスクが伴います。ある意味、強くならなければ情報は発信できないという面もあります。でも、例え、厳しい口調で批判してくる相手がいたとしても、その言葉を額面どおり受け取らない、あるいは「パーソナルにとらえない」こともひとつのコツではないかと思います。相手の言葉を自分への攻撃と受け取れば、腹がたったり傷ついたりすることもありますが、それぞれがそれぞれのもっている人間の性質そのものを試されているようなこの状況で、その人なりのニーズがあってその言動をとっているのです。ブログでなくても、周囲に失礼な言動をとっている人が身近にるかもしれません。もしかすると、被災地で行方不明の親戚や友達がいるのかもしれません。そのつらい気持ちやニーズの表現方法が明らかに歪んだものであれば、自分の精神衛生を犠牲にしてまで付き合う必要はないでしょう。でも、全ての人は自分にできる精一杯のことをしているのだと信じて、またいつ自分も、被災したりつらい目にあって、そういう立場になるかもしれないと思えば、表面の言動を超えた相手のニーズを推し量ることができるかもしれません。

待つこと

02/18/11

去年の1月に「本を出版したい」と思い立った時から、実際に本が出るまで、約1年ほどでした。実際には、「本を出そう」と思ってから、出版してくださった主婦の友社の方と出会うまで、企画書をお渡ししてからそれが通るまで、そして原稿を書き上げてメールで送り、フィードバックを経て追加原稿を再び送ってから本が実際に出来るまで・・・様々な段階で「待つ」という時間がありました。また、今も今年出したい(書きたい)と思っている本のことで返事を待っている状態です。

昨今、出版されている方は世の中にたくさんいらっしゃいますし、中には次から次へと本を出している方もいらっしゃいます。そんな中で、私はまだ「著者」と言っても本当に「序の口」程度の位置にしかおりませんが、そんな私が1年足らずの経験から学んだことは「待っているときに何をするか」ということです。

待っている時、ときに人は弱気になります。そういえば、中学で私立を受験したとき、高校時代にAFSという留学試験を受けたとき、大学受験をしたとき、大学院を受験したとき(アメリカの大学院に進学するためGREという試験を受けたら先方の手違いでスコアをなくされたことがありました)、国連に入るためのJPO試験を受けたとき、サンディエゴ補習授業校の事務局長の面接を受けたとき・・・人生の岐路ではみんな「結果を待つ」という経験をしてきています。昔も、それぞれの試験を受けたときにはそれなりにドキドキしたり、弱気になったりしながら待っていたのでしょう。なんだか久しぶりにその感じを思い出しました。

待っている時に何を考えるか?によって、その待っている結果が変わるなんてことはあり得ない、と思うかもしれません。でも昔よりも年を取り、少しだけ知恵がついている今はこう思います。待っている時に「もうだめなんだ」と考えても、「いや、絶対大丈夫」と思っても、おそらくその待っている結果自体には変わりはないでしょう。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉もありますが、やるだけやって(やれなくても)その結果を待っているなら、それはもう自分の手を離れています。でも、その待っている間にどんな気持ちで何をするのか?によって、その次の展開が違ってくると思います。待っている時に、待つことの緊張感に耐えられず弱気になり、何をする元気もなくなるという状態に甘んじるのか、それとも、たとえ思ったとおりの結果が得られなくても、すぐに次の手を打てるように「プランB」を考え、行動するのか。これを書きながら、昔見たタイガー・ウッズの広告を思い出しました。次のショットを打つという姿とともにこんな文句がついている写真です。”10% is what you just did. 90% is what you do next” ゴルフの試合では技術もそうですが、精神力が試合を決めると言われています。今さっき打ち終わったショットに気をとられていては次のショットにも影響してきます。人生でも、最後に自分の思うような成果を得られるかどうかを決める要素の中で「それまでに何をしたか」は1割にすぎない。残りの9割は「これから何をするか」で決まる、というメッセージがこめられています。

そして、昨日、待っていたことのひとつが現実になりました。著書「国際結婚一年生」について朝日新聞に取材された時の記事が掲載されたのです。例によって 「もう載らないのかも・・」と思ったこともありましたから、嬉しいという気持ちと同時に「ほっとした」という気持ちが強かったです。取材し、掲載していた だいた朝日新聞の杉原記者、ありがとうございました。

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「国際結婚一年生」発売&日本への旅

12/17/10

私の初の書籍「国際結婚一年生」(主婦の友社)の発売を見届けるため、日本に一時帰国していました。発売日前日の木曜日の夕方に着き、金曜から翌週水曜まで、早朝から深夜まで色々な人と会い、友達と再会し、家族と時間を過ごし・・とても有意義な6日間でした。今年の3月にお会いして以来だった主婦の友社の藤岡編集長とも今後の打ち合わせなどをゆっくり行うことができました。

本は12月3日に発売になったのですが、その日以降、書店に入るときに「この本屋には置いてあるかな?」とドキドキしました。平積みや、棚で表紙が見えるような形での陳列(面陳というそうです)になっているところもあれば、1冊だけ背表紙を見せて棚においてあるところもありました。渋谷の「ブックファースト」(写真)では、ちょうど見に行った時に手にとってぱらぱらとめくっている人がいて、さらに緊張しました。また、置いてある場所も書店によって様々で、「コミックエッセー」「恋愛エッセー」などの形で、あの有名な「ダーリンは外国人」の周辺においてあるところもあれば、「法律」「社会学」「差別」「戸籍」「冠婚葬祭」など、書店ごとの判断で色々な場所に置かれているのがとても興味深かったです。今後もカリフォルニア州を初め、世界各国で大きな日系コミュニティのある都市の日本の書店や、日本人留学生の多い大学の書店などに置いてもらえるように活動していきます。

また、少しずつ感想もいただいています。最初にいただいた、文章による感想でとても嬉しかったのは、今回お会いした堀正岳さんという方のツイッターでのつぶやきでした(クリックすると別画面で大きく表示されます)。
ツイッターの字数制限の中で、「国際結婚」とは直接には関係がないと思われる堀さんにこのような読後感想をいただけたことは、私にとってとても意味がありました。堀さんはお父様のお仕事の関係で、人生の最初の18年間は日本とアメリカを数年ごとに往復するような生活だったそうです。国際結婚家庭のみならず、日本人同士の結婚の家庭でも、仕事の関係でそのような生活を送るご家族はたくさんいます。そういったご家庭で育つお子さんは、多かれ少なかれアイデンティティについて悩むこともあるでしょうし、慣れ親しんだ土地から別の土地に行くことについての葛藤やそこから得られる学びもあります。私の仕事もこういった状況にある個人やご家庭のサポートということを中心としています。

また、本書のイラストとコミックを担当してくださった山田うさこさんのブログにも、彼女のお友達で米軍基地に勤務されている方からの感想が掲載されています(こちらで読むことができます)。米軍勤務の人との結婚について、感情論でない客観的な事項を書いた書物はほとんどなかったような状況でしたが、横須賀基地でカウンセラーをされている方にもお話をすることができ、これからアメリカ軍の方と結婚しようとされている日本人女性に紹介していただけるというお言葉もいただきました。

帰国中に参加した、パーソナルブランディングの専門家、加藤一郎さんの主催する「天動説ディスカッションセミナー」という勉強会で、図らずも本の紹介をする機会をいただきました。

また、今「Facebookをビジネスに使う本」という本がとても話題になっており、先日はついにNHKニュースにも出演された、ソーシャルメディア研究所の代表、熊坂仁美さんともお会いすることができました。加藤一郎さんにしろ、熊坂仁美さんにしろ、セミナーをされている時に体中から発せられているエネルギーがとてもパワフル!とにかく「私はこのテーマに本当に夢中なんですよ!」という情熱が感じられ、参加者をひきこむ力に溢れていました。ソーシャル・メディアという分野で日本でとても輝いている人たちと直接お会いできたことも、今回の大きな収穫でした。

「国際結婚一年生」をお読み頂いた方は、是非ブログやFacebook、ツイッター、Mixiなどで感想やレビューをお書きいただけると幸いです。アマゾンのレビューも大歓迎です。

「国際結婚一年生」がついに発売!

11/30/10

今年の1月、ビジョン・ボードのイベントに参加した時の思いつきから始まった「本を出版する」というゴールに到達しました。12月3日に、私の初の書籍「国際結婚一年生」(主婦の友社)が発売になります。単身で一時帰国するため、まだ完成された本は見ていないのですが、両親の元には既に届いています。

この本は、「これから国際結婚を考えている人が読んで役に立つ」内容になっています。日本人同士との結婚とは異なる点や、国際結婚ならではの良い点・トラブルになりやすい点、事前にこれだけは話し合っておいたほうがよい点などをまとめています。国際結婚経験者からの貴重な経験談やアドバイスもたくさん入っています。国際結婚を前に親に反対されている人や、「これでいいのだろうか」とマリッジ・ブルーに陥っている人にも参考になる内容です。「国際結婚をするならまずこの本を」というバイブル的な本になることを願っています。

山田うさこさんが表紙絵のイラストと各章のはじめの部分のコミックを描いてくださいました。表紙の色も黄色で、Facebook上でもまた書店でも目立つ生える色です。アマゾンなどのネットで予約注文もできます。また、メディア用のプレス・リリースこちらからダウンロードできます。是非、ネットや全国の書店でチェックしてみてください。