Archive for the 'スピリチュアル' Category

2012年が始まりました

01/09/12

早いもので新年最初の一週間が過ぎました。今年は数週間後に出産を控えているため、「今年の目標」と言われればまず「無事出産すること」が思い浮かびますが、同時に「毎日を意識的に過ごす」ことを心がけたいと思っています。「多くのことを成し遂げる」というよりは、いかに毎日、毎時間、毎分、あるいは毎秒を「今これをやっている」あるいは「こういう気分である」ということに注意を払って過ごせるか。つまり、”Be Present”ということですね。頭では理解していても、実践するのは難しいコンセプトですが、妊娠、出産、新生児のお世話という、ある意味自分ではコントロールできない要素が多い出来事を体験するチャンスを与えられているので、”Doing”が制限されることやその不自由さにイライラするよりも、”Being”により重きを置いた時間にしてきたいと思っています。

そんなことを考えていたら、ちょうど一年前に実際に初めてお会いする機会のあった堀正岳さんのブログ記事「人生3万日だと思ってはいけない」に遭遇しました。義理のお姉さまを亡くされるという突然の不幸に、改めて“There is only today” ということを思い知らされた・・・という内容でした。こうした突然の出来事を前にして、私たちにできることは、やはり今を大切に生きることです。言葉にすると本当に陳腐でありきたりですが、今の状況は永遠に持続しないということを忘れずにいること、あるいは毎日自らにリマインドし続けて意識的な生活をすること。たとえその時選ぶ行為が「横になって休む」だったり、「テレビドラマを見てリラックスする」ことだとしても、そういう目的をもっていると自覚しながら行うこと。長期的な計画や目標を立てるなということではなく、それを念頭におきつつ「その実現のために今何ができるか?」と、常に「今」に置き換えてみること。その上で「今」を心地よく過ごせているかどうか、過ごせていないとしたらどうすれば変えられるのか。状況をその時点では容易に変えられないのだったら「心地よくない」と感じる気持ちを変えられないか。そんなことを心がける年になりそうです。

死に直面するという経験

10/11/11

世界を変えたスティーブ・ジョブズが癌のため亡くなってからもうすぐ一週間になります。発明王エジソンなどと同じように「歴史上の人物」として名を残すことになった人ですが、その日以来多くの人が、彼が2005年に行ったスタンフォード大学でのスピーチを改めてシェアしていました。このブログでも「目標を持たない生き方」という記事でこのスピーチに言及し動画を載せたところでした。

彼の人生哲学を形作った数々の要素のひとつとして、禅の考え方が深い影響を与えていることは良く知られていますが、この「死に直面した」という経験もそのひとつでしょう。かなりの確率で助からないから死を覚悟しなさいと言われ、人生の棚卸しをして「本当に大切なことは何か」ということがいやでも明らかになった・・・という経験。先日、夫と観にいった映画「50/50」もこのテーマを扱っていました。タイトルの”50/50”は、フィフティ・フィフティ、つまり「五分五分」という意味で、主人公が宣告された癌の助かる見込みを意味しています。

映画はシリアスなドラマとコメディの要素が絡み合い、深刻なテーマながら悲壮になりすぎず、ストーリーが淡々と展開されていきました。実はこの映画は主人公の親友役をした俳優(Seth Rogen)の実際の友人が25歳で癌になったという経験をもとに作られたのです。

感想を書くとネタばれになってしまうかもしれないので、映画についてこれ以上は書きませんが、多くの人は、病気になったり、身近な人の死を体験することで初めて(あるいは改めて)日常のありがたさを実感します。そして「この生は限られた時間である」ということも。実際に自分でこの死に直面する体験をしない(できない)としても、こういった映画を見たり、体験者の本を読んだり、現実世界のニュースによって、その人の生き様や人生哲学に触れることはできます。時には、今の時間がいつまでも続くかのような錯覚を「そうではない」と気づかせてくれる疑似体験をすることも、スティーブ・ジョブズの言った「自分はいつか死ぬことを忘れずにいる」ために誰もが出来ることではないでしょうか。

海外からの祈り

03/12/11

地震の発生から2日ほど経とうとしている時にこのブログを書いています。日本に住む両親と兄の無事は確認され、安心したものの、今後のことがとても気になっています。

心配になるニュースが次々と報じられる一方で、復旧した電車に乗るために整然と並ぶ人々の列や、黙々と歩いて帰ったりコンビニで散乱したものを拾い上げて普通にお金を払って買っていく話など、「やっぱり日本人だ」と感じる話を目にします。これらの行動を驚きをもって受けとめる外国人の反応を見て、私たち日本人にとっては「普通」と思っていることが世界的にみればそうではないのだということに改めて気づかされました。アメリカでハリケーン・カタリナがあったとき、1ドルの水を10ドルで売ろうとしていた人がいたこととは対照的に、サントリーが自動販売機を無料にしたことを語る人もいました。もちろん、義援金詐欺やスリなど細かいところをみれば日本人にだって悪いことをする人はいるでしょう。でもこの状況に乗じてお店を襲ったり、暴動になったりする可能性はほぼないという事実は誇るべきことだと思います。

私はアメリカに住んでいるため、ここ2日間、ソーシャル・メディアを中心に情報収集をし、必要と思われることはシェアをし、友人を励ましたり応援したりするメッセージを書き込みました。この週末は夫と二人で税金の確定申告の作業をすることになっていましたが、やはり日本のことが気になってまったく身が入らない私を夫はそっとしておいてくれ、黙々と一人で作業を進めていました。後になって二人で近所のスーパーに食料を買いに行った時、あまりにも普通の光景、つまり電気がついていて新鮮な食料が豊富にあって、お金さえ出せば何でも買える状況を目の前にして、思わず被災した方々の状況に思いを馳せ立ち尽くしてしまいました。アメリカ生活も9年目になり、いつしか広い駐車場では買い物のカートを適当な場所にほっておくようになっていた私ですが、日本人がこんな状況でも普通に取っている「ルールを守る」行動を思い出して、所定の位置まで返しにいきながら、自分が日本人でよかったと感じていました。

今、地震の被害に直接あっていない場所にいる方たちにでも出来ることはあります。日本在住であれば、次の地震や二次災害に備えたり、節電や献血、寄付などができるでしょう。海外在住であれば、寄付をしたり、応援や励ましのメッセージを送り続けることができます。また、日本でも海外でも直接の被害が少ない場所にいて「普通の生活」をすることが出来る人は、「当たり前だと思っていることは実は当たり前ではない」ということを思い出し、少しでも愛する人にその気持ちを伝えたり、周りの人に親切にしたりするきっかけにしてもらえたらと思いました。「いつでもまた会える」なんていうのは幻想に過ぎません。れぞれの機会で、目の前にいる人と交わした言葉が最後のものになったとしても後悔しないような言動ができれば、それがベストなのではないかと思います。

私の子供たちはまだ就学前ですし、家にはテレビもないので、今回の地震についてはほとんど伝えていませんが、やはり何かを感じたのでしょうか、きのう寝かしつけるときに二人して「心臓の音を聞かせて」と言って来ました。赤ちゃんのようにかわりばんこにだっこして心臓の音をきかせてあげると、次には「自分の心臓の音を聞いて」。言われた通りに小さい胸に耳をあてて、どくん、どくんと打っている命の音を確かめながら、この時間に感謝する気持ちでいっぱいになりました。今回の地震で亡くなられた方や負傷された方、そのご家族の方々に、心からのお悔やみを申し上げます。また、まだ消息のつかないご家族や友人がいらっしゃる方々に、心からのお見舞いを申し上げます。「誰かが生きたかった一日」を無為に過ごすことのないよう、また愛情の出し惜しみをすることのないよう、精一杯生きます。

ミカ

02/10/11

先日こちらの記事に書いたサンノゼに住む親友の話です。彼女はミカという名前の犬を飼っていました。ミカが2歳のときにシェルターからもらってきたそうです。偶然にもミカという名前がついていたのだとか(親友は日系アメリカ人です)。それから10年近くがたち、ミカは病気になってしまいました。癌にかかり、親友とだんなさんは相談して、足を切断するという決断をしました。私たちも去年12月に遊びに行きましたが、3本足になっても普通に歩いたり元気に飛び回ったりしていて、ぱっと見では気づかないような感じでした。もちろん、もう年なので寝ていることが多かったのですが、起きているときは優しい、いたずら好きないつものミカでした。

ミカは大きい犬です。子どもたち(特に下の子)は最初は怖がっていましたが、ミカが気立てのいい優しい犬だとわかったようで、滞在の最後の方ではミカの背中をさすったりできるくらいになっていました。親友の話では、今5歳になる一番上の女の子が生まれたばかりの時、ミカは赤ちゃんが泣いていればすっとんで彼女を呼びにくるし、散歩に行ったときもほかの犬が乳母車に近寄ろうものならすごい勢いで赤ちゃんを守ろうと、乳母車の前に立ちはだかったりしたのだそうです。そのあと双子の女の子が生まれました。だんなさんが出張の多い仕事をしていたときも、ミカがいれば安心でした。親友の家族にとっては、ミカは3人の女の子たちを守ってくれる、大切な家族の一員でした。

そのミカの癌が再発し、具合は急変しました。先週土曜日の夜、親友はFacebookに書き込みをしました。”I am sleeping on the floor next to Mika, because I don’t believe in dying alone” 「一人で死なせることはしたくないから、今日はミカの隣の床で寝る」と。その夜は持ちこたえたそうですが、親友はだんなさんと話し合って、ミカを永眠させる苦渋の決断をしました。もう動くこともできないし、数日待っても苦しむようになるだけだから・・・と。日曜日は一日中、家の前の庭で過ごしたそうです。ハムやピーナッツ・バター、ホイップクリームなどミカの好物を好きなだけ食べさせてあげました。近所の人や、彼女のサクラメントに住む妹がやってきてお別れをしました。月曜日、子どもたちが学校や預け先にいていない時に、親友はだんなさんと一緒に獣医にミカを連れて行きました。

親友は数ヶ月前にお母様を亡くしたばかりです。私は、Facebookに書かれたこのノートを読んで、ミカとお母様がどんなに似ていたかを理解しました。どちらも、癌を一度は克服したこと、その手術が1年近くの時間を与えてくれたこと。どちらも家族を一番大切に思っていたこと。どちらも、とても勇敢でそして美しかったこと。2月18日が” ampuversary” (anniversary と amputationの造語。こんなときでもユーモアを忘れない彼女です)つまり足を切断してから1年後の記念日になるはずでした。偶然にも、生きていたらお母様の68歳の誕生日だったそうです。短い間に大切な家族を亡くすという経験を2回もした一家。今はただ、一日一日を過ごすだけだと語っていました。

また犬を飼うことはあると思う?と聞かれて、もう少し時間がたったらね・・・と言っていた彼女。犬や猫などのペットを飼うということは、かなりの確率でそのペットの死も体験すると言うことです。死を体験することがつらいからもう飼わないという選択肢もあります。最後に死んでしまうなら、何でそんなことしなければならないの?結局何のために生きたの?という思考もできます。人間でも同じことだと思います。人はみないつかは死ぬのですから。でも、私はきっと彼女はまた犬を飼うだろうと思っています。それはミカが生きた12年間、その一日一日の積み重ねや、一緒に過ごした時間の思い出は、最後にまたつらい思いをすることをわかっていたとしても、それでもなにものにも代えがたい、素晴らしいものだったからです。「たかが」ペットという人もいるでしょう。でも人間ではないけれども、生命をもっているものと、そんなに濃い関係を築くことができた彼女と家族の生活はまちがいなくより豊かなものになったし、これからも彼女たちはこの体験を選ぶだろうという気がしています。

“Life Loves You”

01/24/11

先日の記事にも書いたRemembrance Courseが昨夜7時半ごろ終了しました。私自身、参加者としての受講は2008年の6月でしたが、それから2年後の去年の6月からアシスタントとして参加してきました。一度コースを受講すると、アシスタントとしての参加ができます。参加者の時とはまた違った気持ちや視点でコースを体験できるため、より包括的な学びが体験できると言われています。何より、一緒にコースを受講し、またサポートをしている仲間とは、とても気持ちのよい時間を過ごすことができるし、初めて受講する参加者のために提供する時間や労力の何倍ものギフトを受け取ることができます。それはいろいろな気づきであり、学びであり、また自分が完全に受け入れられていると感じられることです。

今回は11人が参加し、日本人では18歳になっていた一(はじめ)君と、彼のお母さん、そしてもう一人21歳の青年がいました。一君は、ALSという難病を抱え、無理もないことですが、死が迫っているという状況で、コースを受ける前はとても落ち込んでいたそうです。12月11日に初めて彼の病気のことを知った直後から、このコースがきっと役に立つはずだと確信してその実現のために行動を開始し、多くの方の協力で、彼だけでなくお母さんも一緒にコースの受講ができることになりました。でも、正直なことを言えば、金曜日の夜はとても不安でした。行動を開始して参加費集めをしている時は「きっと役に立つ」という思いは確かでしたが、いざ参加が決定してコース開始の日が迫ってくると、「どんな期待をもってコースに来るのだろう」「どういう風に彼の助けになるのだろうか」という気持ちも湧いてきました。このコースは、すべての人に対して同じ質問をし、同じワークをするという形式ではなく、一人ひとりに必要な学びが得られるようにデザインされているので、何が起こるかということは文字通り蓋を開けて見なければわからないからです。金曜日の夜が始まった時、私が言い出したことで多くの方を巻き込んで二人をこの場に連れてきたのはいいけれど、もし「期待はずれだった」ということにでもなったら・・・という不安が頭をよぎりました。

金曜の夜は基本的な概念の説明と、チームワーク作りの活動をして解散になりました。土曜日の朝、一人ひとりの「順番」を決め、それぞれの参加者が前に出て自分の抱えているチャレンジや、コースに来た理由を説明し、インストラクターの導きによって段階を追って必要な学びを掴み取っていきます。今回の参加者の特徴としては若い人が多く、16歳~21歳が4人もいたことでした。また他の参加者も、自分についてもっと知りたいという好奇心を最初から持っている人ばかりだったので、グループとして打ち解けるのも比較的早かったように思います(意外に思うかもしれませんが、このようなコースに来ても、自分に好奇心を持つところまでとても長い時間がかかる参加者もいます)。

一君の順番は土曜日の夜、その日の最後でした。昼前にお母さんの番が来て、彼もそこに少しだけ登場しましたが、その夜まで、他の参加者は彼の病気のことは知らされていませんでした。その日一日中、一君がとても穏やかで、楽しそうで、他の参加者とも普通に交流をしていたためもありますが、インストラクターが彼の病気の話をした時、私にはみんながはっと息を呑む音が聞こえたような気がしました。涙ぐんでいる人も何人もいました。二人のインストラクターは、彼に対して「人生にはいろいろなことがある。いいことも嫌なこともその中には混じっている。でも、いいことだけを体験して感じて、いい気持ちにだけなることは難しい。悲しみや辛さを感じないようにするということは、気持ちを感じる神経を麻痺させるようなもので、そうしていると、喜びや嬉しさも感じられなくなる。生きるっていうことは、それらすべてが詰まっているパッケージなのだから」ということを説明しました。また、悲しみや辛さを表現できるような仲間や友達を作ることも、自分自身の責任なのだということも。

その後、その場にいる全員に対して、「一君に対して『可哀想』という気持ちを持つことは、彼がこれから先の人生を力強く生きていく助けにはならない。憐れみではなく、彼に対する愛情や感謝の気持ちから、あなたが彼から何を学んだか伝えてください」という指示がありました。一人ずつ前に出て、彼の手をとったりハグしたりしながら、彼がその人に何を教えてくれたか、彼の笑顔がどんなに素晴らしいか、彼が難病を持ちながらもこの場にいることがどんなに勇気を与えてくれたか、自分もつらいのにお母さんの気持ちを気遣う優しさに感銘した・・・などということを伝えていきました。中でも私が驚いたのは、自分の周りに殻を作って閉じこもっていた青年が「一君の存在があったから自分はこんなに早く殻を破って出てくることができた」と言ったことでした。一見、何の接点もないように見えた二人でも、そんなことを感じ取っていたのか・・と思いました。周囲を見回してもみんながこのことに対して同じ感動を味わっていたことは明白でした。

このコースの素晴らしさはこんなところにもあるのです。一人ひとりは自分のそれぞれの理由から参加してくるのですが、来てみると自分の存在が誰かのインスピレーションになったり、他の参加者が抱えているチャレンジを乗り越える手助けを文字通りすることになります。その結果、今まで行き場のなかった思いや、整理をするツールを持たなかったために封じ込めていた気持ちなどを表現し、昇華させていくことができるのです。面白いもので、その過程で、その人のために役を演じたりして手助けしている人にとって、それが必要な学びや癒しになっている・・・あるいは、それを受け取るのに最適な人が選ばれていくのです。こうして見ず知らずの人とだってこんなに濃い心の交流ができるという経験をすると、現在自分を取り巻いている人間関係についても、一呼吸置いた新たな視点から考えることによって、新しい道が開けてきたり、愛情や感謝の気持ちを持つことができたりします。

全ての人の順番が終わり、それぞれが次にとるべきステップをインストラクターから受け取って、日曜日の夜7時半すぎにコースは終了しましたが、中々去りがたい気持ちでみんな話をしたりお別れを言ったりしていました。会場を出て三村ご夫妻のお宅に向かい、そこで一君の一家も交えて夕食をいただきながら、一君は興奮した様子でコースのことを話していました。彼のご両親も、「表情が違う」と驚いていました。実は、コースの最中は一君とじっくり話すことはなかったのですが、その夕食の席で、彼は「このコースに来られて本当によかった。これから病気と闘う強い気持ちになれた」「教会にもサポートグループがあるんだけど、このコースで感じたみんなの愛情がとても嬉しかった」「4月の次のコースに戻ってきてアシスタントをする。10代のためのコースのヘルプもして、って言われたから、それもやる」と、これからの抱負を力強く語ってくれました。インストラクターからの彼の次のステップには、”Life Loves You”という言葉も入っていました。「毎日、この言葉を実感できることを何かすること」という課題でした。

今回、私もまた多くの学びがありましたが、ひとつだけあげるとすれば「リスクを取ることを恐れない」ことだったと思います。自分が大切にしているものや、いいと思っていることを人に伝えたり、そのイベントに招待することにはリスクがあります。拒絶されたり、今までと違う目で見られてしまったり、また実際に体験してもらって必ず楽しんでもらえるとは限りません。でも、その人が気に入るかどうかまでを自分の問題として引き受けるのではなく、結果を恐れずに、自分がいいと思うことは人に伝えてみること。「この人によさそうなんだけど、どうかな」と思いながら、恐れを優先させて行動をとらなかったら、その結果自分が傷つくこともないかわりに、その人にとって役に立つ経験になるかもしれないというチャンスもなくなってしまうのですから。インストラクターに”Thank you for taking the chance and bringing these beautiful people” と言われた時、このリスクならとる価値がある、と心の底から思いました。これから先も何度も何度もこのリスクをとるだろう、と。

次回のThe Remembrance Course4月29日から5月1日です。参加費は大人$475、学生$425で、申し込みを受け付けています。コースについてのお問い合わせはメール(etsuko@mypeacefulfamily.com)にてご連絡ください。

人生の青写真

01/12/11

前回の続きです。
2007年の10月、次男誕生を目前にIndigo Villageの代表Susie Waltonが教えるRedirecting Children’s Behaviorという親子コミュニケーションコースを教え始めました。コースの内容に非常に感銘を受け、インストラクターになることを決意。このインストラクター・トレーニングの過程でRemembrance Courseを受けることになりました。

Indigo Villageで行われているこれらのコースを受けていくうちに、それまでよりもSpirituality(スピリチュアル的なもの)により興味が湧いて来ました。どのコースも特定の宗教色はありませんが、万物はつながっているという考え方、つまり”oneness”というコンセプトを大切にしていました。Remembrance Courseの次に受けた”Freedom To Be”と言うコースの教材の最後に、Onenessと題された一節が載っています。

“The largest living organism in the world is a grove of aspen trees in Utah. They each look separate but have a single united root system.

When we learn to stop blaming, we will be able to recognize how we are all one and cannot harm one another without harming ourselves…..”

これは、一見、別々の木のように見える枝が実は根っこではつながっていること。私たち人間も同じで、周囲のせいにしたり責めるのをやめたとき、私たちはみんなひとつであり、自分自身を傷つけずに相手だけを傷つけるということは有り得ないということに気がつく、と言っています。

先日、オレンジ・カウンティに住むスピリチュアル・カウンセラーのMieさんとお話をしたときにもこの”Oneness” という言葉が出てきました。せっかくの機会なので、私たちのインターネットTV番組「Wealthy Life TV」にご出演いただき、「人生の青写真」という考え方についてお話しいただきました。Mieさんによると、魂は「この世ではこんな学びをしよう、そのために必要な経験をしよう」と自分で決めてくるのですが、生まれるときにそのことを忘れてしまっているそうなのです(次に何が起こるかわかっていたら効果的な学びにならないので)。それぞれの魂には果たすべき役割や使命があり、それを達成したときに寿命が来る、と。また、魂の学びにもレベルがあり、よりハイレベルな学びをする魂は、チャレンジの多い人生を自ら選んでくる、それはあたかも自分で「中学レベル」や「大学レベル」などの問題集を選んで来ているようなものなのだそうです。でも、魂はそれぞれ自分の成熟度を知っていて、手に負えないレベルを選んで来ることは絶対に有り得ないということでした。

この考え方は既存の宗教とは少し離れたものかもしれません。例えば仏教では親より先に死ぬことは親に悲しみを与えるため重罪という考え方をしています。でも、Mieさんのお話ししてくれたこの考え方では、使命を果たしたから寿命が尽きて今生が終わった、ということになります。人は自由な思考能力がありますから、どの宗教を信じるか?どの考え方を採用するのか?は自由に選択ができます。いろいろな考え方があるからこそ人間らしいのであって、みんながこの考え方に賛成する必要はありません。ただ、みろくを亡くした経験のある私にとって、大切な赤ちゃんが「親不孝の罪をつぐなうために賽の河原で石を積んでいる」と思うよりも「魂の学びのためと、私たちに何かを教えるために来てくれて、そして使命を果たしたから去っていった」と考えるほうが納得がいきました。

また、「魂が人生の青写真を自分で選択してくる」と考えれば、現状がどんなに苦しかったとしても「乗り越えられないはずはない」と知る・あるいは信じることで、生き続けられる場合もあるのではないかな、と思います。例えばいじめられていたり、夫婦仲が悪かったり、子どもが暴れていてその瞬間は可愛く思えなくても、自分にはその状況をなんとかする力があると信じて、何かいい方法ないかな?と問いかければ、脳もそれに答えようとするでしょう。Mieさんのお話を伺って、現代に生きる人々の多くに勇気を与えてくれる考え方ではないかな、と思いました。「人生の青写真」以外にも示唆に富むお話がたくさんありましたので、見逃した方は是非こちらから録画をご覧ください(音声が不安定なので聴きづらいかもしれません。Mieさんの周辺ではよくあることとおっしゃっていました)。Mieさんのブログはこちらです。

あなたは神を信じますか

01/10/11

大昔ですが、日本で表題のフレーズが流行ったことがありました(日本に来ていた宣教師の口調を真似たカタコト日本語風でした)。日本人が海外に出て初めて気がつくことのひとつに、日本人と外国人との宗教感覚の違いがあります。私は高校生の時にAFS交換留学生としてドイツに行った際、ホストマザーから「日本ではクリスチャンが人口の3%ほどしかいないのに、なぜ教会でのウェディングがあれほど盛んなのか」と聞かれてうまく答えられなかったことがありました。とても印象深い体験として今でもよく覚えています。

著書「国際結婚一年生」でも書いていますが、その後結婚してアメリカに来た時も、あなたの信仰は何か?ということを問われる機会が少なからずありました。一時は夫の家族関係を壊しかねないようなところまで発展したこの問題に、私は「日本人同士だったらここまでにはならないのではないか」と感じました。

アメリカで”Do you believe in God”? と聞かれる場合、かなりの確率でそのGodはキリスト教の神を差しているといっていいと思います。ホテルに泊まれば必ず部屋にはキリスト教の聖書がありますし、数字の上だけから言えば人口の80%近くが「自分はクリスチャンである」と言う社会では、「神がすべてを創造した」という見地から、ダーウィンの進化論を公立の学校の授業で教えるべきではないという議論が真剣に行われたりします(創造論といわれる考え方です)。このあたりは、日本で生まれ育ち、特にキリスト教に関する宗教的・学問的な教育を何も受けずにきた人にとってはすぐには理解しがたいものがあるのではないかと感じます。いずれにしても、日本にいる時と比べると、アメリカで暮らしていると宗教についてより考える機会が増えることは確かでしょう。

また、多様な文化が混在するアメリカでは、キリスト教以外にもさまざまな種類の宗教を信仰している人々が多くいます。たとえばクリスマスを祝わないユダヤ教のご家庭では、子どもをクリスマス会にも参加させない方針ということもあります。今年のクリスマスは家族でサンフランシスコに行きましたが、クリスマス当日の12月25日に唯一開いていた博物館は”Contemporary Jewish Museum”でした。そこには、仏教も神道もキリスト教もある意味寛大に受け入れ、それぞれ宗教的な意味を持った行事を部分的にでも生活に取り入れてお祝いやイベントをしている日本人の習慣からは遠く離れた、「明確な線引き」のようなものがあるように感じます。

私の宗教(的なもの)との関わりは、夫の家族とのことを別にすれば、サンディエゴに来てから何回か仏教のお寺のサービスに行った程度に限られています。でも2007年にIndigo Villageに出会ってから、宗教というよりはスピリチュアル的なものについて、日本にいた時よりも高い関心を持つようになりました。これについてはより詳しく次回の記事で書くことにします。

心から外に出ないものごと

01/03/11

心から一歩も外に出ないものごとは、この世界にはない。
心から外に出ないものごとは、そこに別の世界を作り上げていく。


これは村上春樹の「1Q84」の2巻目の帯に書かれていた言葉です。
12月に日本で第3巻を入手したことをきっかけに、改めて第1巻から読み返していて見つけました。最初に読んだときには特に気に留めなかったのですが、2010年の終わりにこの言葉を見つけて、なぜかとても気にかかっていました。

その理由のひとつとして、「感じる気持ちには良し悪しはない」という考え方があります。私が教えている親子コミュニケーションコースでは、「『ポジティブな感情』・『ネガティブな感情』という価値判断は私たちが勝手に行っているだけで、どんな感情もそれ自体は中立である」というコンセプトを提案しています。例えば、子どもが何らかの事情で泣き出してなかなか泣き止まないとき、私たちは場合によってはとてもいらいらしたりします。

でも、「泣くこと」自体はよくないことでしょうか?
泣くことにはいろいろな利点もあります。大人の私たちでも、泣きたいだけ泣いたあとというのは気分がすっきりしたりするものですよね。適切な形での感情の表現や発散は必要なものだと私は考えています。

たとえば、痛みや悲しみなど、一般的には『ネガティブ』とされている気持ちを感じることは「つらい」という思い込みにより、その気持ちに浸ることを避けてしまった場合・・・じっくりと感じつくされなかった感情や、表現する場のない感情というものは体内にたまっていきます。ストレスや心配事をうまく発散したり解決したりできずにそのままにしておくと病気になってしまうことは、多くの人が自ら体験したことがあるか、あるいは体験した人を知っているのではないかと思います。

村上春樹の「1Q84」は小説ですが、この言葉は私にとって非常にリアルな響きがありました。心の中で何かを思ったり考えたりしても、それをその場で思いのままに表現することが不適切であれば、そうせずに生きていく術を大人であればもっていなければなりません。そのスキルを持たなければ、普通に社会生活を送ることも難しい場合もあるでしょう。でも、心の中で感じたけれど、何らかの形で表現しなかった、あるいはできなかったことは、そこに別の世界を作り上げていき、場合によってはその人の現実の世界にも影響を及ぼしていくとしたら・・・それが本当であるなら、人は心の中で思ったことについての責任のようなものをいずれ何らかの形でとることになる、ということかな・・と、正月気分をあまり感じさせないアメリカで迎える新年の2日目に考えました。

2011年、どんな形で私の心の中のものごとが実現化していくのか、または別の世界を作り上げようとするのか、楽しみでもあり、また心していかなければ、という気持ちがしています。皆さんは今年実現させたいものごとについて、心の中にどんな絵を描いていますか?心の中にある、「こうはなってほしくない」という気持ちについてのケアはできていますか?

親友のお母様

10/09/10

サンノゼに住む親友のマリのお母様が昨日亡くなりました。癌が再発したことがわかって、涙声ながらも「これからまた頑張って闘う」と言っていたのは9月9日のこと。それからちょうど一ヶ月であっという間に逝かれてしまいました。

winter20flowerマリは2週間ほどずっと病院に寝泊りして、実は先週の土曜日に「もう明日にでも」という状態だったそうでした。もう死ぬことはわかっていて、でも少しでも長く生きて欲しくて、でも苦しんで欲しくなくて・・・この2週間、どんな思いで彼女は病院でお母様の側についていたでしょう。マリが「もうだめそう」と言っていた先週は、私は「突然の別れもつらい。目の前で死なれるのもつらい。でも選択肢があるなら、私はマリのように最後までみとってあげたい」と思っていました。今でもそう思っていますが、「もう助からない」とわかってからも10日近く、避けられないその時を待ちながら過す時間も、心身ともに消耗するものだったに違いありません。

昨日の夜、電話で話したとき、マリは驚くほど落ち着いていました。ただ単に医療を行うだけでなく、ホリスティックな考え方を採用しているその病院では、とても手厚いケアを受けたそうです。また、患者だけでなく付き添いの家族に対しても細やかな気遣いがあり、ビジュアリゼーションという方法の瞑想をガイドしてくれる人が来て、3回ほどそれを行ったということでした。多分、その2週間と言う時間があったから、マリはお母様の死を受け入れる準備ができたのでしょう。「自分はキリスト教ではないけど、母の魂はどこかにあると思うし、心を静かにしてオープンにすれば、母親のプレゼンス(存在)を感じることができると思う」と言っていました。「妹や父親はそんな風にはとても感じられなくて、ただ悲しむだけでかわいそうだ」とも・・・

面白かったのは、マリがこの話を始める時、”You became much more spiritual than the time we first met” という前置きをしたことでした。「あなたは私たちが最初に会った時よりもずっとスピリチュアルになったわよね」ということで、それには私も思わずにっこりしてしまいました。こういう話は、話す相手を選ばないと・・という日本人みたいな気遣い(彼女のお母様は日本人、お父様はアメリカ人)もそうですが、実際に私自身もそうだな、と思ったからです。みろくを亡くしたこともそうですが、3年前にインディゴ・ビレッジに出会ったことも大きなきっかけだったと思います。特に特定の宗教や宗派の考え方で・・・ということではないのですが、人生とは、生きるとは、死とは・・ということに対して以前よりもずっと興味があることは確かです。また、国連に勤務している時にジレンマとしていつも感じていた貧富の差や、「与える側」「与えられる側」の差にも、当時とは違う考え方をしている自分に気がつくこともあります。

大学院時代のルームメイトだったマリと、当時は考えられなかったような話を二人でしていることに、時の流れとともに、同じ言葉で話ができる嬉しさも感じました。マリのお母様は私も何度もお会いしたことがありますし、アメリカに留学で来た私を家族のように受け入れてくれた本当に素晴らしい方でした。マリのお母様の冥福をお祈りします。