Archive for April, 2011

比べないこと

04/27/11

4月ももう少しで終わろうとしています。中旬に体調を崩し、回復に向かっている最中です。ちょうど、親しい友人も調子を崩していたことがあり、彼女に「自分に優しくして」などと助言をしていたときでもありました。「自分に優しく」とは具体的にどういうことでしょうか?

「人と比べることは意味がない」というような言葉を時々耳にします。比べる対象は、目標としているような人であったり、調子のいいときの自分のときもあるでしょう。震災があった直後、多くの人は無意識のうちに、被災者と自分の置かれた状況を比較して「命があるだけでもありがたい」「愛する人が生きているだけでも・・」ということを思ったでしょう。これはごく自然なことです。でも中には、自分が直接被災したわけでもないのに、落ち込んでしまった人も少なからずいたと思います。

2月末に、近所のRock Churchというキリスト教の教会に、ニック・ボイジッチ(Nick Vujicic)という人が、その教会の選任牧師の代わりにミサを執り行うためにやって来ました。ニック・ボイジッチさんは、自らもロング・ビーチというロサンゼルス近くにある教会の牧師です。生まれつき両手両足がない彼は、青年時代にはやはり自殺も考えたほど苦しみましたが、キリスト教のメッセージに目覚め、今では自分の教会を持っています。友人から彼がサンディエゴにやってくると聞いて、家族でこの教会に行きました(大規模な教会で、施設も充実しており、ミサの間子どもたちを預かってくれるのです)。実際にライブで彼のスピーチを見たとき、ニックさんはエネルギーに満ち溢れていました。また、自分に両手両足がないことをネタにしたジョークも連発していました。何と、飛行機の機内で荷物を置く棚に隠れて人をびっくりさせるといういたずらもしたことがあるそうです。これには3階建ての会場満杯の聴衆も大爆笑でした。

ニックさんは、人と比べないことについて語っていました。「僕に会った人は、僕に両手両足がないのを見てみんなびっくりする。そして『ああ、君は大変なんだな。(自分は五体満足なんだから)もう月曜日の朝に仕事に行きたくないなんて文句を言うのはやめるよ』なんてことを言う。でも、僕は言うんだ。『だって、月曜日だろ。無理ないさ』って。」人はみんなそれぞれの現実で生きているわけなので、自分よりももっと大変な状況にある人がいるからといって、自分の悩みがなくなるわけではない、ということを彼は言っていました。自分が不幸でどうしようもないと感じられる時に、大局を見ればそこまで悲観したものでもないよね、とか、もっと大変な人もいるんだから、こんなことで弱音を吐いては・・・という考え方は「正論」だし、それでエネルギーが沸いてくる時もあるでしょう。でも、「もっと大変な人がこんなに頑張っているのに」と比べることによって、さらに「だめな自分」と言う風に落ち込んでしまう時もあるのです。今回気がついたのは、素晴らしいエネルギーを放っている人に触れて元気がでるのか、あるいは余計に落ち込んでしまうのかという違いが、自分の調子のバロメーターになっているということでした。良質の刺激を受けても元気が回復しないどころか、比較してしまってさらに気分が落ちこんでいるときは、もう少し深い癒しや、長い休養期間が必要なのかもしれない、と。そしてそんな時には「人と比べないこと」こそが自分に優しくすることであり、回復の第一歩なのかもしれません。哲学者プラトンもこう言っています。

“Be kind, for everyone you meet is fighting a hard battle.” (優しくしなさい。あなたが会う人はみんな、厳しい闘いをしているのだから。)

「あなたが会う人」の中に、自分自身も含まれています。人と比べることで自分をいじめないように。時には病気になることも自分に優しくしなさいというサインなのかもしれません。

人はなぜ「やりたいこと」をやりたくないか

04/05/11

「私の目標はXXをすることです」とゴール設定をしても、そのための行動をなかなか起こせないことってありますよね。私も去年は「ギターを習得する」という目標をたてましたが、1年以上たっても一向にすべてのコードが覚えられません。コーチという職業柄、私はいろいろな方とお話をし、「実はこれこれがやりたいんです」というお話をお聞きします。実は「このゴールを達成するために何をしたらいいのか」という方への助言は比較的シンプルです。もし、その目標が多くの人がすでにやっていること・一般に知られていること(何らかの資格試験に合格する、ダイエットをする、楽器を習うなど)であれば、「すべきこと」はある程度明確ですね。この点の情報収集はやる気があれば自力でも十分に出来るでしょう。

でも、「やるべきことははっきりしている。でも中々できない・・」という場合は、「何を」ではなく「なぜ」あるいは「どうやって」を考えてみなければなりません。例えば、「素敵な人と出会えないかしら」と思っている人がまずやるべきことは、出会いのチャンスを多くする行動、そして出会いたい願望があるという意思表明です。でも、そのときに「そういった場に行くのが億劫」とか「そんなことを周りの人に言ったら、何て思われるか?」などという理由をつけて、結局行動を起こさず、時が過ぎていく・・・ということもあります。これはどうしてでしょうか。なぜ人は「やりたいこと」をやりたくないのでしょうか?

ひとつには「習慣」が挙げられます。今までのやり方を変えるということは実はとても大変なことです。私たちの行動や考え方は習慣に支配されていること、そして私たちが無意識にとっている行動のほとんどは、ライフハック心理学の佐々木正悟さんが言うところの「習慣の勝ち抜き組」、つまり小さいころから今まで、何らかの理由で私たちが選んできた一連の行動の集大成なのです。それだけに、新たな習慣をつけることにはそれなりの努力が必要です。よく「30日間毎日行うと習慣になる」(事項によっては60日だったり、90日だったりします)と言うのはそのためです。「今日から週に1回これをしよう」と思っても中々続かない理由がここにあります。

でも究極的には「なぜそれをやりたいか」よりも、「なぜそれができないか」という理由のほうを自分が大切にしているから、ということではないでしょうか。頭では「これを実行したい」と思っていても、その「なぜ」が明確でなかったり、現状にさほどの苦痛を感じていなかったり、目標を達成して手に入れられるはずのものを全身全霊で信じていなければ、なかなか現在の心地よい場所から出て行くことはできません。言い方を変えれば、実行に移さずにそのまま時が過ぎていっても、実は現在の状況がそれほどイヤではない、ということです。私のギターの例で言えば、ギターをいまだに習得していない理由として「時間がない」「練習していると子供たちが寄ってきて触りたがるので中断せざるを得ない」などがありますが、実はギターを習得するために時間を作り出す行為(子どもたちが寝た後に好きなドラマを見たり、ブログを書いたりすることを我慢する)をしたくないからです。また、ギターを演奏できたらどんなに素晴らしいだろうか(達成して得られるもの)ということについての感情的なインパクトがそれほどない、というのも大きな理由でしょう。「演奏できたらいいな」くらいには思っていますが「絶対にマスターしたい!」という強い気持ちがないのです。

このことを「優先順位」という人もいるでしょう。村上春樹の「やがて哀しき外国語」という本の中で「そんなに何もかもは出来ない」という一節がありましたが、まさにそれです。無限の時間や可能性があるように思えた子ども時代が終われば、誰でもいつかは限られた時間の中で(意識している・いないに関わらず)優先順位に従って、「何をするのか」を選択をしていくことになります。コーチングが目標達成の過程をスピードアップできるのは「何をやるのか」の部分もさることながら「なぜそれをやりたいのか」「どうやってやるのか」のプロセスを、あたかもパーソナル・トレーナーが一緒にトレーニングをしてくれるように、一緒に考え伴走してくれる人がいるからにほかなりません。日本では新しいことを始めたくなる4月。「やりたいこと」を「やりたくない」ままに時間が過ぎていく・・・と思っている方は、ぜひコーチングも検討してみてください。