先日放映したインターネットテレビ番組”Wealthy Life TV”は私が「声でわかる!あなたの心の中」というテーマで話をしました。自分が心の平穏さを失ったことは、声にすぐに出ます。発している言葉そのものではなく、声のトーンや言い方に現れるのです。これは自分の周囲の人のことを考えてみれば容易に想像がつくでしょう。例えば「ありがとう」という、言葉そのものはポジティブな言葉でも、その言い方がつっけんどんだったり、皮肉っぽかったりすることで、その人の本心が見え隠れするような気分になる体験は誰にでもあると思います。
待っている時に何を考えるか?によって、その待っている結果が変わるなんてことはあり得ない、と思うかもしれません。でも昔よりも年を取り、少しだけ知恵がついている今はこう思います。待っている時に「もうだめなんだ」と考えても、「いや、絶対大丈夫」と思っても、おそらくその待っている結果自体には変わりはないでしょう。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉もありますが、やるだけやって(やれなくても)その結果を待っているなら、それはもう自分の手を離れています。でも、その待っている間にどんな気持ちで何をするのか?によって、その次の展開が違ってくると思います。待っている時に、待つことの緊張感に耐えられず弱気になり、何をする元気もなくなるという状態に甘んじるのか、それとも、たとえ思ったとおりの結果が得られなくても、すぐに次の手を打てるように「プランB」を考え、行動するのか。これを書きながら、昔見たタイガー・ウッズの広告を思い出しました。次のショットを打つという姿とともにこんな文句がついている写真です。”10% is what you just did. 90% is what you do next” ゴルフの試合では技術もそうですが、精神力が試合を決めると言われています。今さっき打ち終わったショットに気をとられていては次のショットにも影響してきます。人生でも、最後に自分の思うような成果を得られるかどうかを決める要素の中で「それまでに何をしたか」は1割にすぎない。残りの9割は「これから何をするか」で決まる、というメッセージがこめられています。
最新号のTIME誌で、”Wired for Distraction?”と題された記事を見つけました。今やFacebookをはじめとしたソーシャル・メディアを引き合いに出すまでもなく、携帯電話や電子メールの普及で、子どもたちは起きている間、とても多くの時間を「ネット世界とつながって」暮らしています。この記事を書いた記者は「子どもがネット世界でいじめられていないか、不適切なサイトを見ていないかということよりも、これだけ常に『つながっている』ことが脳にどんな影響を及ぼすかについて心配している」と書いています。
そのミカの癌が再発し、具合は急変しました。先週土曜日の夜、親友はFacebookに書き込みをしました。”I am sleeping on the floor next to Mika, because I don’t believe in dying alone” 「一人で死なせることはしたくないから、今日はミカの隣の床で寝る」と。その夜は持ちこたえたそうですが、親友はだんなさんと話し合って、ミカを永眠させる苦渋の決断をしました。もう動くこともできないし、数日待っても苦しむようになるだけだから・・・と。日曜日は一日中、家の前の庭で過ごしたそうです。ハムやピーナッツ・バター、ホイップクリームなどミカの好物を好きなだけ食べさせてあげました。近所の人や、彼女のサクラメントに住む妹がやってきてお別れをしました。月曜日、子どもたちが学校や預け先にいていない時に、親友はだんなさんと一緒に獣医にミカを連れて行きました。
家に帰るまでの車の中でふと思い当たったのは、これも「再生のメカニズム」(Cycle of Recreation)なのかな・・ということでした。この概念は、たびたび書いているRemembrance Courseというコースで出てくるものですが、ある出来事の経験をきっかけに、自分の思い込みが作られるという仕組みのことを意味します。似たような体験を何回か重ねていく中で、その思い込みを裏付けるような証拠に目が行ってしまうため、さらにその思い込みが強くなっていく、というものです。例えばこの「子どもとの外食は楽しめない」という例をとってみても、子どもが生まれて以降の4年間、いろいろなところで外食する機会がありました。それらの何回かの経験から、今ではもうレストランに入る前から、あるいは極端な場合には「レストランに行く」と考えただけで、「またバトルが始まる・・」という気持ちになっています。そうすると、その期待感(この場合は不安感ですね)をもったまま着席し、手早くメニューを見て注文し、食事が来たらものすごい勢いでとにかく口も聞かずに食べて・・・というプロセスを経るため、じっくり食事を味わったり会話を楽んだり余裕もなく、怒涛のような時間が過ぎる・・・という経験を何度もしてきています。
フロリダに往復する飛行機の中で、以前から色々な人が推薦していた“Bird by Bird”という本を読みました。”Some Instructions on Writing and Life”という副題のついているこの本はAnne Lamottという作家の書いた「書くこと、そして人生についての指南書」です。とても面白く、行きと帰りの飛行機で読みきりました。
彼女の本の中では”Operating Instructions”だけが日本語に訳されているようです。こちらの本については「これは育児書ではなく、赤ちゃんが生まれて大奮闘しているシングルマザーの日記です。ユーモアあふれ、突っ込みどころも多い楽しい本です。 自分の子供がまだ赤ちゃんのときに手にして読んだのですが、日常の大変さを笑い飛ばすことができました」というアマゾンのレビューがありました。”Bird by Bird”の本の最後のほうに、自分がそれまで書いてきた本のことについても言及があったのですが、個人的なこと(父親の死、親友の死、自分のシングルマザーとして赤ちゃんを育てた最初の一年)などをテーマにしながら、「でも同じようなことが起こっている人がいるかもしれない。そんな人たちが読んで、おかしくて笑えて勇気が出るような本があればと思った」という、彼女が書く動機に触れることができます。
中でも秀逸だと思った箇所は「出版」についてのくだりで、出版前の小説家志望者たちの「出版すれば人生がバラ色になる」という幻想を見事に打ち砕くような自らの経験が書かれています。そこで出てきたのが表題の言葉です。「クール・ランニング」というジャマイカのボブスレーチームがオリンピックに挑んだ映画の中でチームのコーチが言った“If you’re not enough before the gold medal, you won’t be enough with it”(金メダルをとる前に『自分は十分だ』と思えないのであれば、金メダルをとったってそう思えやしないよ) 」という台詞を引き合いに出し、「出版も然り。この台詞を切り取って机の前に貼っておくといい」と書いています。そして、”Being enough was going to have to be an inside job”である、と。“Inside Job”とは「中にいる人の仕事」という意味で、よく犯罪ドラマなどで使われる言葉ですが、ここの意味は「外からの評価とは無関係のところで、努力した自分の頑張りについて、あるいはその出来について、自分自身の満足感で心が満たされていないのであれば、たとえ金メダルや出版というゴールを達成したところでそれが変わることはない」というところでしょうか。